終わった時間


子供の頃に感じていた閉塞感を、今になって確かめている。
「確かめる」この作業すら、社会から許容されているとは感じない。
許容というより、理由のない集団の焦燥感に追われると言うべきか。


漠然と未完成の言葉を並べながら、それでも誰かが求めている先に場所を与えられればいいと思っている。


あなたの割り切れなさに答えを。
自信の無さの下にある、欲望と自信と嫌悪感に自覚をもたらせられるように。



自分が何も求めなかった時間は、悪くもなかったし、わたしを追い詰めたものでもあったと思う。

耐え難さと、端から何かを求めていく自分と。
その自分ではない自分自身に、わたしが知っている事を教えられたらいいのにと思う。