言葉の行き違いについて

今いろいろと余裕がないので最低限のレス。実はコメントすべてにも目を通せていません。


身分証明という言葉がありますよね?もちろんそこには差別的ニュアンスはない。当時名刺の話を出しましたが、名刺は身分(身元)の提示の為のツールであると言える。私はその文脈で身分という言葉を使っています。つまり松永さんがそう受け取ったのなら、それは単に勘違いであるということです。


また松永さんの勘違いが存在したならば、私が松永さんの言葉から受け取った意味合いも違ってくるのですが、差別という文脈においてオウムと同和を並べて扱うのが不適当なのもまた事実です(この意味でS@傍観者さんのおっしゃることも適当でない部分があると感じます。きちんと読み直せばまた違う感想を持つかもしれないので留保しますが)。
また、同和の方がオウムと同じに扱われるのに反発される、ということまできちんと触れるのが松永さんのバランス感覚であると感じたことも付記しておきます。


また改めて書きます。