チャイナドレスと彼女の事情

友人が中華街に行くというので、どこか目当ての店があるのかと聞くと、いやそうではなく別に目当てがあると言う。



どうしたのよ。
あたし今度素人芝居で役やらせられんの。



色っぽい女の役をやるのだとのこと。



何買いに行くの。
チャイナ。


・・チャイナ。
うん。


役柄は。
やり手の女社長。


・・それでチャイナ。
安くすむし。


・・大家政子じゃん。
いやいや。


スーツでロングスリットとかさ。
いやもう決めたし。


他の人は反対しないの?
うん。


・・・じゃ、好きにしたら。
うん。



しばらく後、衣裳合わせだと言って、彼女は下着と見紛う黒いナイロンのバッタモンのミニドレスを着ていた。チャイナドレスはどうしたのかと聞くと、


「入るサイズがなかったのよっ」

とか言っていた。

寂しくて寂しくて、やっていられない。体と心に虚があって、それでいて芯の下の方が鈍く重い。


いつまでもいつまでも拭い去れない。こっちを向いて、向かないで。行かないで、そっち行って。昔はこんなわがままじゃなかったのに。


わがままを言っても言わなくてもどうせ変わらない。辛さを飲み込んでいてもただ一人で死ぬことになるだけ。気が触れているといわれてもいいから、見切られてくだらないと思われて、迷惑を掛けるだけだとわかっていても、知らないうちに線は越えられてしまって、そうなれば苦しさを一人で抱えてはいられない。



どうだろうね?
何で辛いんだろう。疲れはどこから来るんだろう。疲れがいったいどんなものなのか、それが分かればうっすら生の意味がわかるんだろうけれど。
誰も答えを返すことはできない。わかっているけれど。虚空に向かって叫ぶことすらできない。
あなたの弱さはなんだろう?私には少し見えている。そんなもの声に出すことではないのにね。