片岡千恵蔵 自作を語る


  


これはかなり貴重なインタビュー。
冒頭で時代劇衰退について問われて、千恵蔵は乱作が原因であったろうと話しているが、戦後の東映を背負った他ならぬこの人の言葉だと思うとなかなか複雑なものがある。


内容的には主に内田吐夢との作品について語っているのだが、千恵蔵は会話の中で内田の事を「みっちゃん」と呼ぶ。「流れる」撮影時、栗島すみ子が成瀬巳喜男を「みきちゃん」呼ばわりしていた事は語り草になっているが、昔の映画界というのはそういう雰囲気だったのだろう。役者も監督もみんな若かったわけだし。


ざっと振り返ると、成瀬監督の「夜ごとの夢」に栗島が初主演したのが1933年。当時成瀬は28歳、栗島は31歳。成瀬が監督4年目なのに対して、栗島は本格的な女優のキャリアだけ数えても既に11年目だったのだから(しかも子役から舞台や活動写真に出ていた)、「ちゃん」付けもむべなるかなか。




下の動画は千恵蔵の若いころ。千恵プロ時代、1930年作品「渦潮」(おもちゃ映画)。監督は稲垣浩
そんなに若いという感じでもないかな。