昔の野心

若い頃に野心を持つとか、左の方にかぶれるとか、そういうものにはいっさい縁が無かった。
今となれば、寧ろ知った人間にはそちらの方が多いのだろうが、やはりどこまで行っても彼等とは馴染まないところがある。
というか率直に言えば、本音のところではわたしは彼らを馬鹿にしている。自分がああだったこうだったという話を聞きながら、内心鼻で笑っている。


この性格は血脈に叩き込まれているのであって、おそらく死ぬまで治らない。恐るべきは五つの頃には自分はこうだったのだから、今更どうこうというものでもないだろう。


一回りしてわたしは表面的には理想主義者に優しくなったが、それは自分に飽きただけである。もう一回りしたらまた冷たくなるものと思われる。
負けた事のない奴をまともな人間とは見なさないが、過去の野心だけでも鬱陶しい。そんなことを言っていたら他人とは付き合えないのだが、昔自分があまりお喋りではなかったのは、そういう本音を隠す為だったわけだ。


せいぜいあまり意地悪をしないようにしよう、と思うけれども、本気で努力しようと思っているわけではない。
自分の真ん中に居据わっている老人を、追い出すつもりがさらさらあるわけもない。