庭にいた猫

昔住んでいた家には、それなりに広い庭があり、私の部屋の前には、水をやる為の蛇口が備え付けられていた。
流しには緑色のたらいが置いてあって、そこは猫達の為の水飲み場になっていた。

寒くなると朝にはたらいに氷が張り、家族の誰かが氷を取り除いてやらねばならなかった。作業をしていると猫達は決まって集まってきて、様子を物珍しげに眺めていた。時には早く氷をどうとかしてくれと、猫達の誰かが催促しにくることもあった。

たらいをきれいに洗って水を張ってやると、大概誰かが水を飲みにやって来る。わたしはその様子をよく窓から眺めていた。彼らはひとしきり水を飲むと、こちらに気付く事もなくどこかに行ってしまう。水を飲む時、なぜだか彼らは私の視線に気付かなかった。

たらいを用意してやって、彼らが間を置かずに飲んだ最初をわたしはよく覚えている。彼らとの距離の変化を意識した、些細な出来事のひとつとして。


少しずつ近づいて、時には離れて、たまに帰って来る者もいたが。彼らと我々の生活は、交差しつつおそらく隣人のそれだっただろう。最初に子猫を置いていった母親は、何を思っていたのか知らないが。

猫達のあの庭での写真は、まだ何枚か残っている。あの家は既になく、あの場所にもう行く事はないのだろうけれど。