気功って言うと

http://www.hachiman.co.jp/yomimono/morihei.html

以前、気功の事を中国に調べに行った日本人が、田中守平の名前をあちこちで聞かされて驚いたと書いていた。私もあまりこの人を知らないんだけれども、この時代、日本には山師的民間治療者が結構いた。で、中には結構なめたもんじゃない奴らもいたという事。
今も続く新興宗教の身体治療の系譜というのもあるが、真光教の手かざしなんかも気功の類。体を癒す技術はどの宗教団体にもあるが、それがご利益かどうかはともかく、効果自体は馬鹿に出来ない。実際、体が治ったから入っちゃう人が多いわけでね。


で、野口晴哉のところには、宗教を起こそうという計算を持って習いに来る人もいた。無論本人はそんな思惑は黙っているわけだが、実際に何人か後で宗教団体を作ったらしい。それらはあまり評判のよろしくない所だったようで、知らずに彼らの手助けをしてしまった事を、野口は後々まで嘆いていたと聞く。
野口は民間治療全般を研究し取り入れていたが、松本道別の直弟子だったという話がある(参照)。この人のことも私はよく知らないが、その霊的な部分を野口は受け継いでいない。「フロイトに唯一欠けていた認識は心と体の関係である」と野口は言っていたが(手元に資料がないのでうろ覚え)、野口の思想の根幹には潜在意識と身体というものがある。


宗教を起こす為に治療技術を取得した例としては、福永法源がわかりやすい。法の華三法行の足裏治療の元になっているのは足心道というところだが、三法行の足のツボの絵は、まんまそこのパクリだった。
(ちなみに足心道については、偶然松永さんもリフレクソロジーがらみで触れていた。)


最後に話を戻すが、中国では文革中、気功は禁止されていた(当時は気功とは呼ばれていない)。内観修行などは人が外から見ても分からないが、皆隠れて修行していたと聞いた。つまり気功には(昔は導引と呼ばれた)中国ウン千年の歴史というものもあれ、その内実のかなりを近代に負っているということである。